三河みりん

杉浦味淋株式会社

みりんは昔、お酒として飲まれていた?知られざる歴史を解く

僕は、三河みりんの歴史を話すとき、一つの年や一社だけで決めつけず、流れの中で見てほしいと思っています。 みりんはもともと甘い酒として飲まれてきた歴史があり、三河みりんを理解するには『調味料になる前は飲み物でもあった』という視点が重要です。

まず押さえたいポイント

みりんはもともと甘い酒として飲まれてきた歴史があり、三河みりんを理解するには『調味料になる前は飲み物でもあった』という視点が重要です。

みりんそのものの起源と、三河で醸造産業として発展した時期は分けて考える必要があります。地域の歴史を一つの年だけで説明しないことが、正確さにつながります。

古い記録に見る「甘いお酒」

国税庁の調査では、16〜17世紀の記録にみりんが登場し、当時は公家・武家・寺院などで珍しい甘い酒や贈答品として用いられたとされています。

時代が進むにつれて、みりんは飲用だけでなく料理へ用途を広げていきました。使われ方の変化を見ると、食文化と産業のつながりが見えてきます。

飲むみりんから、料理のみりんへ

江戸時代が進むにつれ、みりんは料理にも使われるようになり、甘辛い味付けやつゆ・たれ文化の発展と結びつきました。

三河の歴史は、蔵の技術だけでなく、米や水、商人、港や水運、料理店や家庭の需要まで含めて捉えると立体的になります。

今につながる「甘いお酒」の文化

現在でも飲用を意識した熟成みりんがあるため、昔の『甘い酒』としての文化と、現代の調味料としての三河みりんをつなげると理解しやすくなります。

具体的な評判や年代をさらに深く語る場合は、蔵元資料や料理書など出典の分かる史料を確認することが大切です。

愛櫻が伝えたい「甘いお酒」という原点

僕は、みりんを単なる調味料ではなく「もともとは甘いお酒として始まったもの」と捉えています。愛櫻でも、料理だけでなく飲用やカクテル、デザートのような楽しみ方へ視野を広げています。飲用の提案は20歳以上の方を対象としています。

まとめ

僕がこのテーマで伝えたいのは、歴史を一つの年だけで覚えるのではなく、飲む酒から料理へ、そして地域の産業へとつながる流れを見ることです。 みりんはもともと甘い酒として飲まれてきた歴史があり、三河みりんを理解するには『調味料になる前は飲み物でもあった』という視点が重要です。三河みりんは蔵や商品によって原料・製法・熟成が異なるため、最後はラベルと造り手の説明を確認し、自分の料理に合う一本を選んでみてください。

よくある質問(FAQ)

Q. みりんは昔、お酒として飲まれていた?知られざる歴史で、いちばん大切なポイントは何ですか?

A. みりんはもともと甘い酒として飲まれてきた歴史があり、三河みりんを理解するには『調味料になる前は飲み物でもあった』という視点が重要です。 みりんそのものの起源と、三河で醸造産業として発展した時期は分けて考える必要があります。

Q. 歴史は、一つの年や一社だけで説明できますか?

A. いいえ。みりんそのものの歴史、三河で産業として発展した時期、各蔵の歩みは分けて見る必要があります。年代や評判を詳しく語る場合は、出典の分かる史料を確認することが大切です。

Q. 愛櫻では、このテーマをどう考えていますか?

A. 僕は、みりんを単なる調味料ではなく「もともとは甘いお酒として始まったもの」と捉えています。愛櫻でも、料理だけでなく飲用やカクテル、デザートのような楽しみ方へ視野を広げています。

愛櫻を食卓で試してみたい方へ

一年熟成・三年熟成の使い方や料理例は、愛櫻レシピでご紹介しています。

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メモ:みりん=甘いお酒 もち米で造る飲んで然りの飲料がはじまり

代表プロフィール

浦味淋株式会社代表取締役 杉浦嘉信杉

杉浦嘉信(すぎうら よしのぶ)
杉浦味淋株式会社 代表取締役(大将)

愛知県碧南市で1924年創業の本みりん蔵を継ぐ三代目。東京の酒類卸問屋勤務を経て27歳で家業へ入り、代表就任後、祖父・杉浦定次郎の配合メモをもとに本みりんを復刻。現在は「愛櫻」ブランドで1年・3年熟成みりんを製造する。「愛桜心得」「和味創造」「顔の見える造り手・売り方」を大切にし、展示会、SNS、講演、蔵見学を通じて三河みりんの魅力を伝えている。